小日記1 

1027
Atlanta Center for Asian Studies
Kennesaw State University
でコンサート
学生が沢山来てくれていい感じ!

 

小日記2  

1030日ハロウィンで盛り上がる
Sewanee, TN
University of the South
でのコンサート。
日曜日は勉強するので前の日の土曜日に盛り上がるそうですが
アジア学部の日本文化学科の学生はほとんどが

変な浴衣を着て聞きにきてくれました。
本土2回目のコンサートで形が定まって良い出来のコンサートに
学生以外の地元の人たちも沢山きていましたが大絶賛。
コンサートをプロモートしてくださった
日本文化の先生のNona Carter先生はとってもかわいい先生で
自分の名前のNoは野naは菜という漢字を当てはめ
続けると野菜(やさい)で
さらにCarterをカッターと当てはめて
vegetables cuter
すなわち「菜っ切包丁」と言って
自己紹介していました。
とっても可愛いIce Breakingでした。
しかもこの日は、恐らく5歳以上は若いであろう
25歳の旦那さんと初めてのデートから
2
年目とのことでとっても幸せそうでした。
アメリカの若者はやはり
日本のアニメとゲームにあこがれていて
そういう動機でこの学部にきている子が沢山いて
従ってほとんど日本語を話せませんが
その中で17歳の(飛び級で大学生になっている!!!)
Adam Roberts
君だけは積極的に私に話しかけてきて
しかもとっても良く勉強していて上手な日本語を話すので
びっくりしました。
そして夏休みのセミナーキャンプで
あまり理由がわかりませんでしたが
タカハシゴローという名前で過ごしたということで
私たちは滞在中ゴロ君と呼んでいました。
コンサートの終わった次の日に早速eメールをくれて
私のCDFox Dancce)が気に入ったこと
学生の反応のことが書いてありました。
こういう学生に出会うとホカホカした気持ちになります。
さてさてここは何しろアメリカの南部ですから
レストランホテルの人たちの訛りがすごくて
ただでさえ分からないことが多い英語なのに
さらに意味不明なことが多かった面白いところでした。
でも流石に大学の人たちは南部訛りは直しているようでした。
その辺は日本と変わらないなあと思いました。

 

小日記3  

1031日に12時間のドライブでテネシーのSewaneeから
真冬の気候のオハイオのOberlin
ここも日本語を良く話すそして素晴らしい学生が沢山!!
ここの学生は日曜日の夜でも騒いでいました。(ハロウィン)
次の日はオフでのんびり出来たので
11
2日は私も元気一杯!
教会を改装したホールが音響もいいので
非常にやりやすく
おかげで良い演奏が出来ました。
コンサートの後の学生との交流も
心温まるもので
またまたホッコリしました。
しかもこのコンサートは
和太鼓をやっている女の学生2人で企画して実現したとのこと!
どこでも女の子がやってくれるよね。
そしてこの2人以外にも元気でやる気があって
やり遂げる女の子がいて
それを助ける男の学生もかいがいしくて
とっても良いバランスでした。
明日は5時間のドライブのあとすぐコンサートです。
つらそうだな。

 

小日記4  

113日今日は乗り日でコンサート
業界ではノリウチといって厳しい日です。
Ohio
OberlinからMichiganKalamazoo
(Kalama
動物園ではありません)へ5時のドライブの後
ケニーさんのworkshopなどがあって
私たちはほったらかしになって
なんとなくぐずぐずしているので
ホテルにチェックインも出来ず
最悪の状態で演奏も集中できず
このツアーで最悪の演奏になってしまいました。
Western Michigan University
Dalton Recital Hall
という良い会場だったし
客は皆さん絶賛してくれましたが
仲間内でわかるミスがあったり
とっちらかったソロになったりで
満足のいく演奏ではありませんでした。
しかもそういう日に限って
招聘したボスの女の人がちょっと顔を出して
すぐいなくなってしまい
世話をしてくれた未だ日本から来て1年の
ミチコさんがほとんど何も把握していなくて
色々混乱していました。
彼女はなんと神奈川県の三浦市の市の公務員を辞めて
この地でボランティア活動をしているようです。
「公務員の職をなげうってもったいないですね」
「まあでも一回きりの人生ですから」
とさばさばした人でした。
でも私のような年の人間には
その後の苦労が見えているので
納得したいようなそうでないような、、、、
まあでもそれはそれですからね。
とにかく明日のオフにゆっくりして
元気を取り戻さないと!!!!

 

小日記5   

11月5日7時間あまりのドライブで
Kalamazoo
からPittsburgh
あまりの町の違いにびっくり
さもありなんで州もOhioから
伝統の名誉ある州Pennsylvaniaへきたのですから
それにしてもPittsburghは大きな建物が沢山建っていて
びっくりです。
なにしろ金融にしろ何にしろ衰退が叫ばれているUSA
サミットを開催するほどビクともしなかった町ですからね。
昔は鉄鋼で栄えたのですが
後進国(日本も含めて)の安い鉄鋼に押されて翳ったときに
ハイテク、金融、保険、教育という産業に
転換することに成功して今日の繁栄があるのです。
どこかの国がやろうとしても官僚のサボタージュで
なかなか出来なかったことなのですね。
それほど高級でもないホテルのラウンジで
恐らく80歳代の後半になろうかと思われるピアニストが
教科書のような見事なジャズを演奏していました。
しかも決して古めかしくない(ノスタルジーではない)
ジャズなのです!!!!!
繁栄しているところにはこういう素晴らしい「風景」も
あるのですよ!
ということは地域の繁栄は
役人が既得権益を守ったり
威張っているようなところでは難しく
市民が賢いところでないとおきないということですね。
市民の過半数が賢ければ良いのですから
後ちょっとなのにな、、、、、

 

小日記5−2  

訂正!
それほど高級でもないホテル
というのは間違いで
古いホテルだけど
サミットのときにどこかの首脳が泊まったほどの
由緒あるホテルでした。
というのも今回の招聘者は
Japan-America Society of Pennsylvania
で手厚いおもてなしをしてくださっています。
ちなみにホテルの名前は
Omni William Penn Hotel
です。

 

小日記6 

116日それにしてもアメリカの民主党は負けましたね
ある種本当は弱者は自分の首を絞めることになるのに
小泉自民党に投票して益々大変なことになった
馬鹿な若者の投票行動に似ている
と言っている人もいましたが
私も同感です。
さてさてそうは言ってもオバマ支持のアメリカ人のほとんどは
それほどショックではないようです。
というのも中間選挙はねじれることが多いし
次の大統領選挙もオバマが勝つと確信しているようです。
自分の国ではないですが
気になるところですね。
共演している渡辺薫というアメリカ人は
オバマの支持を呼びかける電話のボランティアをしたそうです。
彼は両親が日本人で
セントルイス交響楽団の楽団員で
彼はアメリカ人として生まれています。
小さいときからフルートをやって
マンハッタン音楽院でサックスに転向してジャズをやり
なにを思ったのか10年前に
和太鼓を世界中に知らしめた「鼓童」で8年修行して
ワールドツアーに参加しています。
すなわち彼はこのアンサンブルで
和太鼓はもちろんフルート、篠笛、竜笛、能管も吹いていて
しかもジャズも日本の伝統音楽も素晴らしく演奏しています。
まだ35歳とのことで久々に尊敬できる若者に出会いました。
そして先ほどのオバマの話しでも分かるように
政治的にも教養的にも知識人で
音楽以外の分野の芸術も詳しくたいしたものです。
現在は新婚でブルックリンのアパートに住んでいるそうです。
NYC
でのパフォーマンスも多いみたいで
すらっとした体で大太鼓を打ち鳴らす姿も美しいです。
と、いうことでPittsburghでのコンサートも大好評!
若い人たちが私のようなおじいさんに
感動したことを伝えようと待っているので
なんとも「メンコイ」です。
昔はs'wonderful, marvelousというのが聞こえてきましたが
今はamazingというのが多いですね。
これから5時間のドライブで東に移動です。

 

小日記7  

ええと、読み返してみると始まりがフェードインの感じなので
ちゃんと日程を書いておきます。
10月23日21時のDeltaで成田からホノルルへ。9時着。
その日にリハーサル。
24日リハーサルのあと早速ミニコンサート
25日20時の飛行機でLA経由で26日13時Atlanta
そして「小日記1」の27日コンサートにつながります。
とにかく当初の予定ではハワイが5日間のはずだったのに
短くなってがっかりしながら
飛行機に乗って本土に着いたのでした。
さて、小日記7にとんで今は117
Pittsburgh
からWestminster MDへの5時間のドライブ
しかし走っても走ってもMarylandへ着かない。
しかもGPSFree wayを選ばず普通の道を指示するので
疲れも2倍!ナンデヤネン
着いた町は相変わらず田舎です。
田舎ならではのレストランに入ってみると
16
歳の男の子のウエイター(高校生)が私たちのテーブル係で
なんとアルコールは無し!
よく見たら働いているのは全員若い子ばかり。
勝手な想像ですが
高校生がアルバイトするレストランかも、、、
そうだとしたらアルコールは出せないな。
お勧めがターキーとのことで頼んでみたら
うううううううう。
なんてこったい。
でも彼は一生懸命接待してくれた。
ちゃんと「料理はいかがかでした」と聞くし
デザートをしつこく進めるし
えらい!
こうしてアメリカの高校生は社会となじんでいくんだな。
遊んでないでアルバイトして勉強して
えらい!
明日はMcDaniel Collegeでのコンサート。

 

小日記8  

5年前のツアーのときもPhiladelphia
アメリカならではのプロの音響集団に出会ったが
今回はWestminster MD McDaniel Collegeのホールに
出前してくれた音響集団はすごかった。
11
816時に搬入設営で17時サウンドチェック
陣容は60歳近いハウス(会場)担当
30
歳代と思われるステージのモニター担当
10
歳代か20歳代と思われる諸々設営チェック係り
すべて大男のアフリカ系アメリカ人
そしてそれを統括するのがポニーテールの
60
歳から70歳代の白人の男
というものです。
作業も早いし痒いところに手が届くし
音作りも素晴らしい。
私たちのリハーサルを聞いたり
本番に接することで
さらに協力してくれる気持や
丁寧さが増してきます。
良いものをそのとおりに再現したい
いやもっと良くしたい、
という気持が伝わってきます。
終わってからも
ハウス担当の大男が私に近寄ってきて
久しぶりに良い音楽の担当できてうれしかった
俺はとにかくジャズが好きで
若いころからサラボーンとか有名なジャズ演奏家の
音響を担当したことがあるので
今日のような音響を担当できて良かった
と本当に嬉しそうに話してくれました。
(私と同じ年でした)
考えてみたらアメリカだって売れている音楽は
日本とそう変わらず
稚拙なつまらない音楽の音響の仕事が多いはずなので
気持は痛いほど分かりました。
日本の楽器とヴィブラフォンの
和を土台にしたジャズ的な展開の音楽で
しかも電気楽器ではない
音響さんと協力して
音つくりをするアンサンブル
彼らも久しぶりに気持良い仕事が出来たようです。
この大学でも若い人たちが
心から感動したことを伝えにきています。
いくらキッズミュージック全盛でも
良い音楽は若い人にも伝わるのがアメリカの良いところです。
そこに混じって年配のお客さんも
久しぶりに生の良い音楽を聴けたと喜びを伝えてくれます。

 

小日記9  

さてさて移動日と演奏日が分かれて楽になってきたところで
問題がおきました。
渡辺薫は自分の仕事もあるので
11
7日にはレンタカーを返して
11
8日からは車1台(楽器のための車)
になっていたのだけれど
11
9日はWestminster to Fredericksberg
という3時間の移動を4人で行うため
レンタカーをもう1台借りてお琴の人が運転するか
列車で一人が移動するか
を選びましょう
ということになっていて
列車は乗換えが大変だということで
レンタカーになったのです。
ところが近くのレンタカーの車は
17
時まで出払っているとのことで
それからレンタカー屋を探してもらったら
ホテルから30分くらい走ったところにあるとのこと。
なにしろ車1台に4人乗れないから
レンタカーを借りるのに
2
人で車をとりに行って帰ってくるのに
1
時間以上は優にかかり
その日ケニーさんは3時までに入って
ワークショップがあるというのに
今は11時で3時間のドライブ予定されている。
これはどう考えても無理なので
チャレンジが始まりました。
荷物を整理して
運転席にはシートが2つしかないが
そこに3人座りもう一人は荷物と一緒に乗って
とにかく30分の我慢!
やってみるものです!
何事もなくレンタカーを借りられ
ワークショップにも間に合って
またまた皆で大笑い。
「こういうトラブルがあるからこそ
ツアーは面白いね!」
ということでチャンチャンでした。
それにしても
11
時の段階では皆青ざめて真剣でしたよ。

 

小日記10  

1110Fredericksberg, VA
Mary Washington University
でのコンサート
この町は何から何まで調和が取れていて
きれいな町!
しかも決して田舎くさくなく
商店街も充実している。
住んでいる人たちの教養度が高いので
郊外のショッピング、レストラン地区とも共存している様子。
しかもワシントンより南なので暖かい。
良い町だ!
大学のホールが大きすぎてちょっと大変。
Free
のコンサートなのに(なので?)
ガラガラの感じでも200くらいは来てくれているのです。
来てくれた人は大喜びで
ガラガラの印象の割には大盛り上がりでした。
さて明日からはほとんどNYCのあたりに滞在することになります。
どうもほとんどがBrooklyn のホテルとのことで
人によっては「良いところだよ」
Oh! No good」と意見はまちまちです。
まあ犯罪にあわないように気をつけないと!

 

小日記11  

Fredericksberg, VAからNYC7時間のドライブ
途中Washington DC
Baltimore
Philadelphia
という
東部の大きな町を通っていくので
どうしても渋滞や料金所で待たされます。
しかも東部は日本並みに(それ以上に)
料金所があるのでうっとおしい!
でもNew JerseyからStaten IslandからBrooklyn
と入るときに摩天楼が見えてくると
興奮します。
着いたら早速コロンビア大学へ。
共演しているお琴の日景祥子さんのお知り合いの
西ようこさんのレクチャーコンサートに駆けつけました。
Central Park
の北西のはずれに
大きな敷地のコロンビア大学があって
夜遅くてもBroadwayAmsterdam Av.を行き来する人のために
構内を開放しています。
とっても頭の良い人が入る大学ですが
とっても気さくな感じです。
この西さんというお琴の演奏者はコロンビア大学に
研究員として来ているとのことで
まだ2ヶ月しかたっていなくて
ほとんどデリで食事を買ってきて食べているとのことです。
女の一人暮らしもなかなか大変のようです。
レクチャーコンサートの後は
9Av.46St.
のタイ料理やへ。
NY
のレストラン風ではあるのですが
ちゃんとしたタイ料理が食べれます。
ホテルに帰ってきたのは1時過ぎです。
やはりNYではコンサートやショウを見た後で食べて
地下鉄で帰ると
1
時過ぎになってしまいます。
平日はこんなことしていると
次の日が大変なのに
NY
の人たちはタフだと思います。
明日はSocial Security Administrationに行って
Tax
の手続きをするとのこと。
初めてのことでなんだか訳が分かりませんが
今後一生アメリカで有効とのこと。
でもTaxを払う手続きなのだから
嬉しいんだか嬉しくないんだか、、、、、

 

小日記12 

1111
Social Security Administration
に手続に行くも
私はスムーズに(もちろんケニーさんに通訳してもらって)
終わったのですが
東京から同行している
長唄三味線の方(35歳)が引っかかりました。
優しそうなおじいさんの窓口の人が
入管カード(パスポートに張ってある)
に記載ミスがあるのでNYCのどこかの入管事務所に行って
直してからまたこの窓口に再提出しろ
と言い張っているのです。
入国カードは自分で書くものなのに
彼は「入国審査官が書いたので私は分かりません」
と言っているのです。
そういえばホノルルの入国審査のとき
私はP3ビザなので
係官が新しい入国カードに
私が書くように指示して
私が自分で書きました。
スペルが分からない時は教えてくれました。
とにかく、そこまでして私に書かしたのです。
まあ余談ですが、そのとき女の係官で
ケニー遠藤のことやツアーのことも色々聞いて
職務以上の興味も示していましたが
会社の名前の「KENDO Music」が
Kenny Endo
を縮めたものだと分かると
大笑いしていました。
かようにフレンドリーでかつ
カードは必ず本人に書かせる
という原則も守っていました。
そんなこんなでふと三味線の彼の方を見ると
もう彼の姿が見えなくなったので
私より先に終わったのかと思って
私も終わったら急いで外に出てみると
彼の姿がありません。
出口が2つあるとのことで行ったりきたり。
そのうちケニーさんが迎えに着たのに出会ったので
荷物を預けて彼を又探しに行くと
やっと入管から出てきたとのことでした。
なんと別室に行って話していたとのこと。
(なんだかんだで30分近く時間がたっていました。)
そういえば彼は太っていて(お相撲さん的な肥満)
顔もそっち系なので係官は最初から疑ったのかもしれません。
(ワイハは芸能人とザヤクの天国ですからね)
そして英語は少ない単語以外はほとんど駄目で
よせば良いのに通じない英語の単語を使いたがります。
単語だけ英語を使うのでかえって誤解をうみます。
(中学生程度の英語で通じるのに
恐らく中学では勉強もせずに
悪いことをしていたようです)
どうも日本語も変です。
35
歳にもなってそこらの馬鹿高校生が
大人ぶって話す日本語的なのです。
会った当初からいやな予感はしていたのですが
ツアーが進むにつれてだんだんその予感は確実なものになり、
人間性は出来るだけそばにいなければ我慢できるのですが
何よりも困ったのは5線譜がまったく読めないことです。
これは演奏(仕事)に関係するので大問題です。
本人は芸大の邦楽科に行っていたとのことですが
いまどき5線譜も読めずにどうやって芸大に行ってたの?
ブルースが好きだとかエラフィッツジェラルドが好きだ
と言っているのに三味線でそういう表現もしない!
何じゃこういつは!
おかげでケニーさんの目指している音楽には溶け込めず
お荷物状態!
しかもしゃべることはウイットも何も無い
言っても言わなくても良いことばかり。
渡辺薫も35歳で同じ年なのに
ぽろっと「彼は本当に大きな子どもですね」
ともらしていました。
なんでこんなやつがケニーさんのツアーに来たのか?
どうやらケニーさんがぽろぽろ漏らしているのを総合すると
最初は津軽三味線の方をオーダーしていたこと
その方が出演することで国際交流基金に申し込んだこと
でも津軽三味線の人が怪我をして三味線をあきらめようとしてが
国際交流基金のほうで三味線を期待しているので
代わりの三味線を探していたこと
なかなか見つからずケニーさんは苦肉の策で
昔歌舞伎の稽古でお世話になった先生に
長唄三味線の誰かを紹介してもらおうとしたが
この時期は皆さん忙しくて大変だったこと
(だからなかなか三味線がきまらなくて
ビザの申請も遅れて危なかったのです)
そしてやっと見つけたのが彼だったのです。
だからケニーさんは電話で話しただけで
あったことも演奏を聞いたことも無かったのです。
くじ運にかけて見事に失敗したでした。
(残り物にやっぱり福は無いのですよ)
そしてそして挙句のはてにこの始末!
まあ、恐らく、
あまりにもワカランチンだったので
ホノルルの入管の係官が
本来自分で記入するカードを
代わりに書いてしまったでしょうね。
ケニーさんは「これは彼は悪くない」
と言っていましたが
本来自分で書くカードに不具合があったのだから
(どうやら名前のスペルに余暇な文字がはさまっていたらしい)
彼が悪いのです。
その後NYCの入管に電話しても通じないので
インターネットで申し込みを調べて
(どこの国もお役所は分かりづらい!)
やっとみつけたら一番早い予約は23日とのこと!
Oh my Gossh!
私たちは21日に帰国です。
彼が日本の入管でも引っかからないよう祈るばかりです。
「このツアーでタバコやめようかな」は嘘!
(アメリカでは喫煙者は犯罪人並です)
常に何かを食べているのでそばにいる人はウットオシイ!
(ケニーさんの車の助手席が多いのでケニーさんかわいそう)
英語もしゃべれず日本語も変なのに
そして彼女がいるのを隠して常にナンパしようとしている!
(しかもその彼女が15日から合流するらしい)
挙句の果てに(日本で通用しないから?)アメリカで
三味線を教えたいとのこと。
ああああああ、
彼は私の二度と会いたくないリストに入ってしまいました。
それにしてもUSASocial Securityに詳しい人いませんか?
税金を払うのと年金みたいなのがあるのと、、、
良くわかりません!

 

小日記13  

1113
NYC
から2時間くらいのドライブで
Long Island
Stony Brook
ここのCharles B. Wang Center Stony Brook University
でコンサート。
ここのプロデューサーが企画したコンサートで
なんと写真家で知識人だけど
肝っ玉おばさん風のインドから中東系のおばさん!!
コンサートの始まりと2部の始まりにもトークしていて
それが結構面白いらしいくお客の反応も良い!
だから客も気持が盛り上がって良い感じで音楽を聴いている!
しかも終わってから演奏者がステージに残って
お客とQ&Aもやって
心憎いプロデューサーです。
客層は今までと違って学生よりも大人が多く
おかげで私のCDも売れ行きが良いです。
恐らくこのプロデューサーの力が大きいのだと思います。
終わってからも打ち上げは楽しく
3
世の方で日本語をまったく話さないおばあさん
オペラ歌手で最近は教えるほうがメインの
お金持ちの(車はBMW)のご婦人
そして58歳の日本語が少し話せる気が利く
空手と尺八と和太鼓の先生の白人男性
それをさらに盛り上げるプロデューサー
(たぶんSunita S. Mukhiという名前です)
これほどの役者が揃う打ち上げも珍しく
料理も美味しいしBrooklyn Beerが最高!
ホテルもまるで葉山をきれいにしたような
ヨットハーバーに隣接したリゾートホテルを用意してくれて
(なんとそこで5時間寝ただけでNYCへ帰りました)
帰りの車ではっと気がつきました!
そうです。ここは鎌倉です。
NYC
が東京ならここは鎌倉なのです。
住んでいる人もそういう感じです。
アメリカも日本も
人は環境を環境は人を選ぶものなのですね。
なんだか良い感じ。
しかししかし!三味線の彼はこの場でも
学生か職員の若い女の人をナンパしていた。
15
日に彼女がくるんだよ〜!サイテイ

 

小日記14  

1114
お琴の人がJFKから1050分にSFに帰るので
渡辺薫が送って空港でレンタカーを返すということなので
その車に便乗させてもらってStony Brookから
JFK
経由でその後タクシーでBrooklynまで来ました。
ケニーさんはStony Brookでワークショップがあるので
ゆっくりです。
なぜゆっくりせずに早い方を選んだのかと言うと
私が2年近くコマキ楽器のインプロ講座でお世話した
細田真衣子さんがNYCMannes音楽院に留学していて
ちょっとしたコンサートがあるということで
それを聞いて応援するために早く戻ってきました。
彼女は慶応大学を卒業してから
音楽家を(打楽器奏者)志してNYCにきています。
日本にいるときからとっても真面目に真剣に
音楽に取り組んでいましたので
応援したい気持はいっぱいです。
案の定日曜日の学校で行うミニコンサートなので
お客は学生の知り合いや親兄弟という感じです。
私は細田さんのお父さんと同じ年なので
保護者の気持で駆けつけました。
実は細田さんは鍵盤打楽器を子どものときからやっていて
所謂打楽器はちゃんと取り組んでいないので
どんなことをするのかと思っていたら
なんと打楽器奏者が皆あこがれる
マルチパーカッションの曲を演奏しました。
彼女はもともと音楽大学で打楽器を学んだわけではないので
最初から音楽大学で学んでいる学生に
引け目を感じているのですが
それを克服するためにあえて
難しい曲にチャレンジしているのがわかります。
恐らく曲として何も面白くないのに
その曲を演奏することで
周りの学生にも自分にも答えを出しているのです。
人生のある時期そういうことをしなくちゃならないときが
誰にでも必ずあるのですが
今彼女のそのときなのでしょう。
自分の子どもだったら抱きしめてあげたいのに
せいぜいハグしてあげることしか出来ないのが
歯がゆいです。
でも涙が出るほど嬉しかったのです!!!!!

 

小日記15  

11155年ぶりのMoMAへ行ってたっぷりと堪能してきました。
やっぱり良いな!
展示物によってはあまり解せないものも多いのですが
それでも近代美術館の名に恥じないのです。
そしてここのファンは世界中から来ていて
来館者の中からちゃんとした英語は聞こえません。
フランス語やドイツ語に混じって
恐らく東欧圏やアジアのどこかの言葉が行きかっています。
月曜日なので特にそういう傾向があったのかもしれません。
何しろNYCの美術館で月曜日あいているのはここだけですから!
そしてマンハッタンの一番良い場所にあるのもこの美術館です。
ああ!誰がなんと言おうと
私は世界で一番好きな美術館はMoMAです!!!!!!!!
でも流石にちゃんと見ると疲れる。
折角のoffなのでそうは言ってられないので
明日はメトロポリタン美術館の予定です。
ここは手ごわいぞ!

 

小日記16  

1116日雨模様
本降りにならないうちに
The Metropollitan Museam of Art
に行く前にEast Villageの蕎麦屋というところで
昼食をとりました。
今まで節約のために
Deli
で済ましてきたので
長年日本食をとってきた胃腸は悲鳴をあげているので
ここは意を決して日本食レストランに行きました。
何故日本食レストランを躊躇するのかというと
アメリカの安い日本食レストランに入ると
店員が東洋人なのに
英語以外話さない人がいてがっかりするのと
安いところは総じて豚のえさのようなものしか出てこないので
高いレストランに行かないと(日本では考えられない高さです)
満足できないからです。
今まで我慢したのだから、ご褒美のつもりで
ちゃんとしたところに行くことにしました。
ランチ弁当の天婦羅は油がもういやなので
ちょっと、、、でしたが
お蕎麦も煮物もお稲荷さんも良い感じでした。
さあ気持もホッコリしていざ
The Metropollitan Museam of Artへ!
しかしこの美術館はどうなっているのだ
エジプトからギリシャ、ローマ帝国と世界の文明の遺産の収集
著名な絵画の収集
これほどのものを収集する財力と人力はとてつもない!
やっぱりアメリカ恐るべしです。
まあ民主主義の国に集まって今は良かったね、ですが
色々問題あるのは確かなんだろな、、、
13
時から17時までみてもまだまだ足りないので明日も????
夜はミュージカルの「West Side Story」を見ました。
若いころに映画で見た感動が蘇ってきて
涙がぼろぼろ出て困りました。
役者も演奏も素晴らしい。
やっぱりアメリカの競争は厳しいのですが
それに見合う素晴らしいものを出してくれるので
最後は脱帽してしまいます。
少なくとも厳しい競争は
芸術には良い効果をもっているようです。
さあ、明日はどうしようかな?
もう一度美術館????

 

小日記17  

1117
私事ながら溜まった洗濯物を日本で言うところの
コインランドリーで洗って乾かすのになんだかんだで2時間。
やっとホテルに帰って出かけ様と思った時刻はすでに13時。
美術館を梯子しようと思っていましたが
ミュージカルが始まるのが8時で美術館の終わるのは530分ですので
Brooklyn
からCentral Parkの近くの美術館で梯子するには
移動時間や何やらを考えると時間が足りません。
梯子するには足りないし、1個の美術館では余るし
中途半端な時刻に出ることになってしまいました。
閉館後どんなにゆっくり行動しても時間が余ります。
ゆっくり食事してなんていう習慣の無い日本人は厳しいのです。
まして私のような単独行動は殆ど駄目な感じです。
欧米人は必ずよぼよぼでもカップルで行動するのが良くわかります。
と、いうのも社会の仕組みがカップルで行動するのが当たり前
という方式ですべて成り立っているので
当然欧米人の一般人はカップルで行動したほうが有利なので
カップルで行動しているのが多いです。
私のような単独行動はそれこそ肩身が狭いです。
そんなわけでGround Central の近くのおにぎり屋さんで
おにぎりを沢山仕入れてCentral Parkで食べて
Whitney Museum
に行ってみる。
この美術館はまあまあです。一回くれば良いかな、、、
その後TIKETにならんでMary Poppinsの半額件を手に入れ
近くの焼き鳥屋へ。
日本食ブームで日本人以外の客も沢山来ていましたが
マンハッタンは値段が高いので必然チップも高くなるので
私はすぐ間違えてしまいます。
ここでもお店の姉ちゃんに
「何か私たちのサービスにご不満がありましたか?」
などと慇懃無礼にたずねられて、6ドルチップが足りないのを指摘される。
おいおいそうじゃないだろ!
今は15%が「通例」となっているけど
本来はサービスしてくれてありがとう、がチップなのだから
相場で決めないでほしいな。
よしんば間違えようが、意図的だろうが
本来のチェックでちゃんと元は取れているのだから
あのような発言は本末転倒だと思います。
最近「私は仕事が出来るんだぞ」オーラを出しまくって
自分の勝手な思い込みや通例を振り翳して
相手の立場に立って一度考えてみる
を言う作業が出来ない若い女が目に付くのですが
良くない傾向です。
こういう人に限って自分が相手から非難されたり
叱責を受けると鬱状態に逃げ込んだりする傾向があって
子どものときから「包摂」という概念を知らずに
育てられたのだろうな、、、、
砕いて言うと相手の身になって考えるかどうかは
作用反作用ですから
そうすれば同じことが返ってくるし
そうしなければつらいものが返ってくるのです。
子どものときからいろんな年代のいろんな人種の人と触れてきているかどうかは
大きな問題かもしれないですね。
ちょっとこだわりすぎましたのでMary Poppinsの話にしましょう。
私が中学1年生のとき(だったと思います)
通っていた木琴教室がそのとき封切り映画だった
Mary Poppins
の土曜日曜の上映の合間に
木琴の演奏をするということがありました。
今にして思えばなんと垢抜けた企画だったなと思いますが
おかげで私は土曜日曜のたびに映画を必ず一回は見ることになって
2
回見るときもありましたので
映画は1ヶ月のロードショウでしたので間最低8回は見ました。
(たぶん10回以上は見ています。)
だからあの映画は隅々まで覚えているのです。
それを踏まえてMusicalを見に行きました。
だいたいどこのMusical2時間30分以上の上演が多いのですが
映画は2時間ちょっとのことが多いです。
もともと劇場のMusicalから始まったMary Poppinsですから
こちらが本家本元なのだろうとお思っていましたら
やはり、映画では無かった場面や音楽が結構ありました。
そして何よりも驚いたのはストーリーが
実はMary Poppinsは途中で居なくなるのです。
映画では最後に風に乗って去っていくのですが
Musical
では1幕の最後に
風の向きが変わったから帰ります、と去っていってしまいます。
その後小太りの悪魔のような乳母が来て
皆が困って居たら又Mary Poppinsが帰ってきてその乳母を追い出すのです。
これにはびっくりしました。
確かにどれだけ一般の乳母がひどいものなのかを強調するには良い演出です。
とにかくこういう風に映画もMusicalも両方見てみると
この物語のテーマが良く見えてきます。
金融資本主義が定着してきたイギリスでは
植民地や新しい産業に投資を呼びかける銀行が富とステータスを手にいれて
そこで働く人たちエリートとして例のイギリス紳士の格好をして
わが世の春な生活をしているのです。
もともとフランスのように階級社会を打破できなかったイギリスですから
いくら民主主義を取り入れても社会の仕組みがゴリゴリに固まっています。
ですから所謂新しい金融資本主義的な社会になっても
子どもの教育や育児に独特の封建的なスタイルも残っています。
それは特に金持ちの貴族に特徴的です。
そういう社会や家庭を舞台に
お金では人は幸せになれないし人間として間違っている
親は他人に(乳母に)子どもをまかせっきりにしないで
両親がいつも子どもを見守って愛情を注ぐべきだ
ということをMary Poppinsという可愛い魔女の登場(異質な人間)
のいろんな楽しい物語を通して呼びかけているのだと思います。
それにしても主演のLaura Michelle Kellyは素晴らしかった!
この40年近くMary Poppins =Julie Andrewsということでしたが
このMusicalのおかげでそれが打破できるのだと思います。
もしかしたら彼女は勝てるかもしれません。
明日はBlue NoteというJazz Clubに行ってみようと思っています。

 

小日記18  

1118
最後のNYCでのfree timeです。
NYC
といえば!という事柄が色々有る中でも
アメリカで独自に発展した音楽のJazz が聞ける
Jazz Club
がものすごく多い、という事があげられます。
アメリカ人だからと言って
jazz
が好きな人が多いわけではないのですが
このNYCには驚くほどjazzファンが多いのは事実です。
そう言う意味でもやはり1日くらいはJazz Clubに行っておかないと、、、
Jazz Club
の日々の出演者が告知されたFreeの冊子が配られていますが
この日はどうも私が知っている人で興味をそそる人の出演が無いので
嫌な予感を感じながら
Blue Note」のShowに出かけることにしました。
Two Legends  Charlie Haden & Paul Bley
という内容です。
Charlie Haden
がコントラバス Paul Bleyがピアニストです。
この二人は私が若い頃に「とんがった」活躍をしていて
特にCharlie Hadenは私のアイドルの一人でした。
でも私がお爺さんに近づいているという事を考えると
彼らは更に凄いことになっている危険性はありますので
嫌な予感が裏切られることを願って出かけることにしました。
兎に角この二人はステレオタイプな通り一遍なjazzを打破する
革新的なjazz musicianのグループの人たちだったのです。
詳しいことはインターネットで調べて頂く事にして割愛しますが
最大の関心事は、年齢的には相当な年になっても「とんがって」いるか?
なのです。
Paul Bley
1932年生まれですから78歳になるのです。
Charlie Haden
1937年生まれで73歳です。
Paul Bley
に関しては奥さんの(離婚した)Carla Blayの方が有名で
才能も奥さんの方に軍配が上がると評価されていて、私も同感なのですが、、
さて、この日は昨日回れなかったGuggenheim Museumによってから
と思っていってみると、ウカツにも木曜日なのを失念して閉館日!
まあでも、歩いて5分程度のところにMetropolitanがあるので
急遽変更して、未だ見終わっていない2階を回ってみることにしました。
なんと言っても相変わらず凄い!
楽器の展示も古今東西の楽器が懇切丁寧に展示してあります。
この手の博物館的な美術館が東京に無いのは
何でも官製が好きな日本の傾向として縦割り官僚社会の所為だと思います。
常設の展示でこれほどの規模というのは圧倒的です。
直ぐ閉館時間になってしまいました。
ところで美術館の入り口のsecurity checkのところで
黒人の大きな強面係官のおじさんから
I know you. Did we meet yesterday?
No. The day before yesterday.
Oh. I KNOW YOU.
まるで俺は記憶力が良いと自慢しているのか
はたまた私がそれほど記憶に残る人間なのか、、、、
(たぶん日本でもアメリカでも覚えられやすいのかな、、悪いこと出来ないな)
さて、Blue Noteの演奏は外れでした。
兎に角Paul Bleyがおじいちゃん過ぎるのです。
8
時のSHOWreservationを取るために6時に店に行って
店の人が準備するので待っていると
太って杖をついてよぼよぼで若くて綺麗な女の人に支えられて入って来た人が
Paul Bley
でした。
およそ生きているだけでも大変だろうな、という印象です。
外でChinese SUSHIを食べて戻ってきてSHOWが始まりましたが
Paul Bley
のソロからはじまり、それがホテルのラウンジで聞こえてくる
へたくそなソロピアノとの違いを探すのが大変な演奏です。
まあ、年だからな と思って我慢していましたがその演奏が10分近くも有りました。
やっと、Charlie Hadenが登場してデュオの演奏になりましたが
全く曲目を決めていないらしく、Paul Bleyが勝手に演奏を始めて
Charlie Haden
がその和音進行などを探って弾いている
そして直ぐCharlie Hadenのソロになって
Paul Bley
が又弾き始めたと思ったらとんでもないところで終わって
Charlie Haden
がびっくりしたり慌てたりという事が何回も繰り返されました。
そのうち客が怒り始めると思って居たのですが
それどこらか激励なのか二人のお爺さんの演奏を楽しんでいるのか
和気藹々とした感じで沢山拍手も起きます。
私としては、最悪こういう事態も織り込み済みでしたので
園側のお爺さんの茶飲み話を側で聞いているという状況を納得しました。
しかしです。今時こんなGigも珍しいのですよ!
こんなコトしていると若い人はjazzから離れてしまうだろうな、、、、
明日はPhiladelphiaです。

 

小日記19  

11月19日
NYC
から3時間のドライブでPhiladelphiaへ。
University of Pennsylvania
のホールでのコンサートです。
ここに来て少しトラブルが発生しました。
音響屋さんに頼んであった私用のアンプを持ってくるのを忘れたとのこと。
本当にそうなのか、主催者が頼むのを忘れたのかは闇の中。
いずれにしてもどうするかですったもんだして
主催者の知り合いがベース用のアンプを運んでくれましたが
まあrequestしていたものとは違うのでちょっとねえ、、、という感じです。
挙げ句の果てに、音響屋が自分たちの配線がまずいので音がでなくて
2
時間も手こずっている。ナンジャ!こいつら!
渡辺薫も同じ事を思っているようで
お互いに日本語で「これってプロじゃないよね」
「セミプロ?」「いやニセプロ」なんて会話で笑ってはいるものの
二人とも頬がぴくぴくしている感じです。
まあ、それでも何とかコンサートは素晴らしい内容で終わり
お客さんも喜んで下さって、一応一安心です。
今まで順調に進んできて最後の一つ前でトラブッテはいるものの
まあこれはトラブルが無いも同然のことです。
よくぞここまで持ちこたえてくれたと思って感慨無量です。
いつもの様に後一つになると寂しくなります。
さあ明日は又NYCに戻って最後のコンサートです。

 

小日記20  

1120
Philadelphia
からNYCに帰ってきて
私たちの年代から上の人たちには懐かしい地名の
Washington square
すなわちワシントン広場の近く
(「ワシントン広場の夜は更けて」というフォークソングで有名)
Village
の真ん中にある Skirball Centerのホールでコンサートです。
SOHO
の方からあがって来たので
NYC
の一番オシャレなところを見ながら到着しました。
やっぱりこういうところを見てもNYCは好きです。
昨日とは打って変わって劇場のスタッフはプロ中のプロ
Tour
の最後のコンサートにふさわしい将に舞台が整ったという事です。
本当にホールも立派です。
どうやらNew York Universityの付属施設のようです。
この日はKennyさんの長男のMiles君も太鼓で参加とのことで
楽しみにしてリハーサルを待っていたら
なんと!なんと!寝坊して7時くらいに到着とのこと。
8
時の本番にはまにあうものの、お父さんのKennyさんは渋い顔です。
まあそうはいっても小さいとき(3歳から始めているそうです)から
お父さんの曲は沢山聞いて沢山演奏しているので
レパートリの曲に関しては私たちより何倍も詳しいのです。
ですから演奏に関しては何の心配もありません。
でも私も若い頃寝坊して遅刻の失敗は沢山有りましたので
彼がどんなに慌てているかはよく分かります。
若いときはどうして起きられないのかと思うほど起きられません。
しまいには、寝坊して遅刻して大慌てする夢を見てがばっと目が覚める
という悪夢を見るほど辛いトラウマになります。本当に今でもぞっとします。
さて彼は汚名返上とばかりに本番でミスすることなく素晴らしい撥さばきです!
お父さんと二人で大きな大きな大太鼓を向かい合って叩いている姿を見ていると
涙が出て来ます。
彼は今23歳でもうすぐ卒業なのですが、デザインの勉強をしているので
其れを活かせる仕事を見つけて太鼓もやっていくようです。良い息子です。
それにしても、Kennyさんは2人の息子がちょうど大学生で
なんと一人に年間5万ドルかかっていて
合わせると年間10万ドル。およそ800万円かかっているのです。
幾ら学生ローンを組みやすいとはいえ、いずれ返さなくてはいけないお金です。
勿論学生自身も返してくのですが、出来るだけ子どもに負担を掛けないように
と考えるのが親心ですから、Kennyさんも大変な負担をしている様です。
そんなこんなも考えると、さらに親子の愛情が見えてまたまた涙です。
お客さんもこれまでで一番入っていたし
最後にふさわしい良いコンサートが出来ました。
いつもそうですが、もっともっと続けたい、と思いながら
達成感に満たされた打ち上げの酒は美味しい!
本当にKennyさん有り難うございました。

 

小日記21最終回  

1121
JFK
から13時の飛行機で成田へ14時間かけて帰ってきました。
着いたら22日の午後5時でした。
行くときは時差の関係で儲かるのですが、帰りは相当損しています。
帰ってぼやぼやしていると1日が全く無かったことになってしまいます。
5
年前のtourに比べると2回目で要領も分かっていたので
今回は何倍も楽なtourでした。
ところが最後にトラブルが待っていました。
Delta
の乗ってきた飛行機の貨物扉が開かなくなってしまい
手動で開けているので時間が掛かる、とのアナウンスがあって
なんとそれから1時間も待たされました。
それこそAutoの機械が壊れたのでManualで開けていたのに
方法が分からずManualを一生懸命紐解いていたので時間が罹ったのでしょう。
本当に笑えない話です。
それでも1時間で済んで良かったと考えるべきなのでしょうね、、、、
日本はアメリカよりも劣化し始めているのでしょうから。
ということで、自分勝手な小日記はお仕舞いです。