音楽って何だろう その17
 
前回からの続きです。クリスマスコンサートが良い感じで終了して、私が東さんに「どうして、演奏も聴いたことのない、馬の骨にコンサートを頼んだの。失敗だったらどうするつもりだったの」と聞いたら「私は人を見る目が有るのよ」と言う答えが返ってきました。楽天家なのか、自信家なのか、本当に人を見る目が有るのか、、、、、、それでも、もうこういうお付き合いは、東さん達がチケットを売りさばく大変さが有るので、これでお終いと思っていました。素人集団が何かを持続していく、しかもそれにお金が絡んでいるともの凄く大変なのは、ヨーーーーーク解っています。  

 でも東さんには、清水さんという仲間がいまして、この人は、団塊の世代というか、全共闘世代というか、大学祭の乗りは何時でもOKよ、という人です。誤解が有るといけないのですが、お祭り騒ぎが好きと言うのでは無く、面白くて、良い物があれば手弁当でもどんどんやりましょう、という事です。中山千夏に似た素敵な、何時もにこやかなおばさんです。立ち話が長いというのが玉に瑕ですが、、、、、そして、この清水さんと東さんが補助しあいながら物事を進めて行くシステムはどうやら10年近く続いていた様なんです。初めてのクリスマスコンサートの成り行きを見ていて、ウムなかなかやるじゃん、とは思っていました。それでも、流石にお二人で英語教室の運営をしているみたいだし、東さんはその時大学院に通っているみたいだし、と考えるとそれこそ「お疲れ様でした!さようなら。」で終わると思っていました。
 ところが、次の年(1996年)東さんがアメリカで知り合ったジェラルド・エライアスさん率いるアブラミアン弦楽四重奏団が日本でコンサート行うので、是非浜田に紹介したいとの事で、しかも共演する事を前提に会ってくれないかと持ちかけられました。この弦楽四重奏団は前年八潮西保育園で園児の為にコンサートを行っていて、息子から「縦にする“ギター”や色んな“ギター”が出てきて面白かった」という話を聞いていたので、その存在は知っていました。ユタ州管弦楽団のピックアップメンバーで、日本の姉妹都市で交流コンサートを行う合間を縫って保育園でも演奏してくれたとの事でした。それまでに弦楽四重奏団とは4、5回共演した事があったし、その為のアレンジもしたことが有りましたので、おおよその感じは解っていましたが、英語で意志の疎通を計るというのがメンドクサイなあと思いました。でも、とりあえず会ってみました。
 ジェリー(ジェラルドさん)は私の事を、遙か日本と言う国で、しかもアメリカでもそれほど一般的では無いヴァイブラフォンという楽器を演奏する“馬の骨”と思っていたと思います。(東さんは馬の骨でも自分の人を見る目に賭けたようですが、彼はなんと言っても初対面ですし、後で言ってましたが、ヴァイブラフォンにあまり良い印象は持って無かったようです。アメリカではBGMに使われる事が非常に多いので、何でちゃんとしたクラッシック音楽をやっている俺らが共演しなきゃならないんだ、と言う気持ちは多分に有ったでしょう。)でも、新しい試みを積極的にやっている人ですし、東京で自分たちの演奏の場を増やしたいという気持ちも有ったでしょうから、「来年ジョイントコンサートをやりましょう」と言うことに落ち着きました。毎年6月に来ているので次の年の6月に先ずはコンサートホールを押さえる事からスタートする事になりました。
 東さんと私は、品川区で八潮の人たちが来やすい場所、そして私たちの動員力も考えて、「きゅりあん」の小ホールしか無い、と言う結論になり、早速空き日を問い合わせて会場を押さえました。次にコンサートの趣旨と目的を煮詰めました。接点は保育園に行っている我が子に良い音楽を聴かせたい、と言うことです。テレビ以外にも良い物が沢山あって、そう言うことを知ってもらいたい。しかしながら、なかなか3歳ぐらいの子には接するチャンスが少ない。親子で連れ立って来てもらえるようなコンサートにしたい。なるべく低料金で良い物を!!!!!地域の為のコンサート。こういう活動を定期的にやっていきたい。等々二人で意見と希望を出し合いました。
 その結果「八潮の子供達に良い音楽を聴かせる会」を作ることにしました。 続く 

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